序-4 パテント思考で世界と自分を変えよう

現代では地球のほとんどでインターネットが繋がり、扱える情報は爆発的に増えた。もはや新しいものは出尽くし、ありとあらゆる情報が瞬時に入手できる時代にになったと言ってよい。こんな時代において、ただ新しいものだけを追求していっても、これまでとほとんど変わらないものしか産み出すことができない。

その悪い例として2016年問題になったのがキュレーションサイト(まとめ記事サイト)だ。キュレーションサイトは他のサイトの記事や写真を無断で引用し、組み合わせ、SEO(検索エンジン最適化)を駆使して新しい文書を量産していた。確かに「新しい」ということはクリアしていたが、「肩こりは霊が原因」といったトンデモ記事が満載していたDeNAの「WELQ」が大炎上したように、何の「進歩」も無い内容だった。そのため、DeNA、リクルート、サイバーエージェント、ヤフーのキュレーションサイトが続々と非公開に追い込まれていった。

このように、現代では既存のキーワードを組み合わせた「新しいもの」を作っても、全く評価はされない。AppleのSiriに搭載された音声認識技術や、ポケモンGoの位置情報認識技術の様に、既存の商品やコンテンツに、新しい技術を組み合わせた商品やアイデアが評価されている。


キュレーションサイトのようなただ新しいだけのものを産み出すアイデア発想法ではなく、新しい技術を組み込むことによって世の中を変えるアイデア発想法が求められている。

そして、私が提案するアイデア発想法が「パテント思考」である。

パテント思考とは10年で100件の特許を取得してきた私の独自のアイデア発想法である。従来のアイデア発想法のように無秩序にキーワード出しを行い、新しいアイデアを発想するのではない。

パテント思考では、最初に発想したい発明のゴールを明確にする。「100メートル走」ならば「9秒ジャストで走る」といった具合だ。そして、発明のゴール側から「できない理由」を様々に発想していく。

<できない理由>
・空気抵抗の存在
・シューズの反発力
・心肺機能の限界

そして、できない理由を眺めながら、「できる方法」を発想する。

<できる方法>
・XXXXのフォームを採用し、空気抵抗を下げる
・XXXXの素材を利用し、シューズの反発力を高める
・XXXXの食事を採り、心肺機能が高める

こうして、「新しさ」と「進歩」を兼ね備えたスンゴイ発明を産み出すアイデア発想法がパテント思考である。私はこのパテント思考によって100件以上の特許を取得してきたが、特許の取得に失敗したアイデアはわずかに1件であり、成功率は99%以上である。平均20~30%と言われる日本の特許取得率と比較すると、驚異的な実績と自負している。

このブログでは、パテント思考の身に着けるための環境作りから、実践方法までを解説している。これを読んだあなたはパテント思考を身に付けて、より新しく・より進歩したアイデアを考案できるようになるだろう。

そして、あなたは特許、新製品の開発、新事業の企画、論文、イベントの運営、ブログ、twitter, Facebook等で、みんなが「新しく、素晴らしいアイデアだ」と称賛する実績を残すことができるようになるだろう。そうなったとき、あなたの評価は社会全体に響き渡っており、今の会社の評価を気にする必要が無くなる。パテント思考はあなたを会社から自由にする翼なのだ。

パテント思考を身に付け、自分を変え、そして世界を変えて欲しい。それが私の願いである。

序-3 なぜあなたのアイデアは採用されないのか?

自分のアウトプットを特許、新製品、企画、論文、イベント、ブログ、twitter, Facebookで社会に出したいと思っても、最初は簡単ではない。世の中にはインターネットを通じて、ありとあらゆるコンテンツに溢れている。

無料で世の中で起きている出来事が全てわかるニュースサイト、読み放題の電子書籍、聞き放題の音楽配信、見放題の動画配信、そして何百万人、何千万人という人達が様々に意見を出し合うSNS、2017年のインターネットは、およそ思いつく限りの全てのコンテンツが手に入ると言っても良い。

そのため、あなたがちょっと考えただけのアイデアでは、必ず似たようなものがも見つかる。「どこかで見たことがある」と低い評価になるだろう。

そのため、まずはあなたは「誰も見たことが無い、素晴らしいアイデア」を出す方法として、既存のアイデア発想法を勉強するだろう。KJ法、マインドマップ、ブレスト、世に知られている様々なアイデア発想法を見つけ出し、そのテクニック本を勉強して、新しいアイデア発想にチャレンジするだろう。


しかし、それらのアイデア発想法を駆使してあなたが考えた新しいアイデアは、やはり必ず似たようなものがも見つかる。これを読んでいる方々にも、新製品の開発、新事業の企画などに挑戦し、「どこかで見たことがある」と言われた方は多いはずだ。

あなたのアイデアが「どこかで見たことがある」と言われる理由はあなたのアイデアが古いからでは無い。あなたは新しいアイデアを考えるにあたって、既存のアイデアを調査し、似ているものが無いか懸命に調査したはずだ。そして、自分なりに「このアイデアは新しい」と自信を持っていたはずだ。しかし、周りはそう評価してくれない。

その理由はあなたのアイデアが新しくても、進歩が無いからである。従来のアイデア発想法は、否定することなく、どんどん新しいキーワードを出して行くスタイルが多い。そして、そのワード出しの過程や出たキーワードを体系的に整理する過程で、アイデア同士が結びつき新しいアイデアが産まれることを期待する方法だ。

これらのアイデアは確かに「新しい」「面白い」アイデアを産み出すことには長けていると思う。しかし、それは既存の何かを組み合わせただけのものに過ぎない。「進歩」という観点がさっぱり抜けているのだ。

例えば、「100メートル走」をテーマにアイデア出しをしたら、「横向きで走る100メートル走」、「後ろ向きで走る100メートル走」、「スキップで走る100メートル走」などといった面白い走り方がたくさん出てくるだろう。確かに「横向きで走る100メートル走」は私は見たことが無い。しかし、誰も「素晴らしい競技だ」と絶賛することはないだろう。それは「100メートル走」という既存の競技と、「横を向く」というありふれた行動を組み合わせただけだからだ。どんなに新しい組み合わせであったとしても、それを組み合わせるのに何の障害も無い、簡単な組み合わせを行っても、人は素晴らしいものとは思わない。

しかし、「100メートルを9秒ジャストで走る方法」を産み出すことだできたら、素晴らしい。「100メートル走」のスタイルとしては何も変わっていないが、まだこの世に存在しない技術が組み合わさっていることによって、誰もが認める素晴らしいアイデアになっている。

想像して欲しい。もし、あなたが「100メートルを9秒ジャストで走る方法」を思いつくことができたならば。あなたは世界中のアスリートやスポーツメーカーから引っ張りだこになり、あなたのアイデアには莫大な金額が付くだろう。

当然、これを実現するには「より空気抵抗の少ないフォーム」「軽量で高反発なシューズ素材」「心肺機能を高めるトレーニング」といった、テクノロジーに裏付けされた技術が必要になる。しかし、陸上の専門家である必要は無い。シューズ素材の技術は、シューズ以外の商品でも部品の素材を見極める仕事で身に付くし、心配機能については医学やロボットの研究で身に付く。

言い換えると、一つのテクノロジーを極め、専門以外の様々な分野への応用を新しく考えていくことによって、自分の持つ技術が採用される確率が劇的に上がるのだ。

このように、「新しさ」と「進歩」の両方を兼ね備えたアイデアを発想することが、これからの時代に求められているアイデア発想法である。

序-2 仕事は楽しいですか?

今、この記事を読んでいるあなたは仕事は楽しいですか?

私は「ブラック」な職場で与えられた仕事を長時間残業でこなしていたとき、仕事が全く楽しくなかった。しかし、特許をどんどん出すようになってからは、理不尽な設計変更が入っても「この変更案、特許になるかも」と思ったり、不具合が発生して対策に追われても「この対策案が特許になるかも」と、常にポジティブな気持ちで仕事に臨めるようになった。

なぜ、特許を出すようになると仕事が楽しくなったのか?それは「頑張った分だけ、報われる」ようになったからだ。

それまでの仕事では同期の2倍は頑張ったと思っても給料は一円も違わなかったし、一日中ソリティアばかりしている課長や寝てばかりいる先輩よりはるかに低い給料だった。「年功序列の会社なんだから、入る前からわかっていただろう」と言われると「そうだ」としか言えないのだが、やはり聞くと見るとでは大違いである。精神をすり減らして、睡眠時間を削ってまで他人より努力した実績は、やはり他人以上の評価として報われて欲しいというのは自然な人情だろう。「どうせ報われないなら、頑張っても意味無いじゃん」と、どんどんモチベーションが下がっていった。


しかし、特許は違う。自分が必死に考えた発明がウェブで全世界に公開される。そして、特許庁が特許を与えるにふさわしいか、一年近く掛けて真剣な審査を行う。キヤノン、ゼロックス、パナソニック、シャープ、京セラといった名だたる企業が保有する特許と比較されてもなお、「お前の特許は、世界で最も新しく、優れた発明である」と認定されたとき、初めて特許を取得することができる。この達成感は、これまでに味わったことの無い喜びだった。

自分が、社会に飛び出し、揉まれながら、一歩分だけでも居場所を見つけたような感覚。

自分の名前が未来永劫、技術の世界に刻まれる感覚。

自分なりに苦しいかなと思った特許はやはり審査で苦戦するし、絶対の自信有りと思った特許はあっさり審査に通ったりと、自分の努力が結果に反映される感覚。

何よりも、特許庁という国家機関に、何のハンデも後押しも無く公正に審査されている状況でOKが貰えたときの、自分の存在が社会に確かに認められたという感覚。

これらの感覚がもたらす充実感は、「ブラック」な職場で味わう理不尽を補って余りあるものだった。むしろ、理不尽な体験が特許のアイデアに繋がることが多かったので、「理不尽、バッチコーイ」というくらいであった。

こうして私は、「ブラック」な職場にいながらも、特許を通じて社会に繋がり、公正な評価を貰うことによって楽しく仕事をすることができた。もちろん、職種によっては特許を出すことが難しい人もいるだろう。大事なことは、自分の努力を社会に繋げて、公正なフィードバックを貰うようにすることだ。

新製品の開発、新事業の企画、論文、イベントの運営、ブログ、twitter, Facebook、何でも良い。あなたの普段の努力を社会に発信し、評価してもらうのだ。もちろん、質の低いものを出して悪い評価を貰うこともあるだろう。だからこそ、頑張って良いものが作れた時、良い評価を貰ったときの喜びが倍増するのだ。

あなたが仕事をつまらないと感じている理由は、上司に評価されないからでは無い、社会に繋がっていないからだ。あなたのアウトプットを社会に直接評価してもらうようになれば、つまらない仕事やしんどい仕事もアウトプットのヒントになり、仕事がめちゃくちゃ楽しくなる。そして、その実績はあなたの地位を確かにし、会社に依存しなくて良くなるのだ。

序-1 私は特許で未来を掴んだ

2005年4月1日、私は希望に溢れていた。

世界にその名を轟かす大手の事務機器メーカー。売り上げは2兆円を超え、国内で一万人の従業員が働き、平均年収は700万円を超える一流企業。そんな企業の正社員として横浜で社会人生活をスタートさせた私は、定年までこの会社で働き、老後は退職金で安泰な生活を過ごすという、皆が憧れる人生プランを描いていた。

しかし、そんな希望はわずか3ヶ月で裏切られることになる。私は新人配属の結果、大阪にあるレーザープリンターの新製品開発事業部(大阪開発センター)に配属となった。大阪大学大学院を卒業し、東京で社会人生活を満喫しようと考えていた私が降り立ったのは、大阪大学のキャンパスが目の前にある古びた工場であった。

もちろん、最初から希望を失っていた訳では無い。大阪には愛着があったし、大阪開発センターは「キヤノンを超えるすごい製品を作るぞ!」という目標を掲げていた。私は大阪開発センターの可能性を信じて、まずはひたすらに仕事に邁進して行った。


しかし、配属から1年が経った2006年、一向に製品が完成しない。本来ならば製品が発売されている時期のはずにも拘わらず、動作試験で不具合を連発し、発売する見込みが立たない。私はその間、月に100時間超の長時間残業を厭わず、不具合対策、設計変更と業務に邁進してきた。自分の力が足りないせいで製品が出ないのでは無いかと、自分を責めたりもした。だが、仕事に慣れるにつれて少しづつ周りを見る余裕が出てきた私は、徐々に違和感を覚えつつあった。

100時間超の長時間残業をしているのは私を含む若手が中心で、40歳以上のおじさんはさっさと帰ってしまう。課長は1日中ソリティアばかりしている。ちょっとミスをしたら怒涛のごとく説教をしてくる先輩の仕事は、よく見るとミスだらけだ。ずっとデスクに向かっていると思っていた先輩は、寝ていただけだった。

そうして、「この部署の人たちは口だけで、誰も本気ですごい新製品を作ろうとは考えていない」「この部署は本社もお荷物と認識しているようだ、遠くない時期に潰れるな」と気づき、このままではどこにも通用しないダメ人材のままこの会社を放り出されてしまうと不安で一杯になった。

何とかしなければいけないと危機感は募ったが、転職という考えは無かった。入社以降、まともな実績を残していないので他の会社で通用する自信が無かった。また、この会社は一流企業と信じていたので、もっと条件の良い会社に転職するのは難しいと思っていた。この悩みは私だけでなく、2015年に電通に入社して、1年目に自殺してしまった高橋まつりさんの苦境にも共通することがあると思う。

そこで、私は今の職場でできる範囲の中で、自分を高める実績を積む方法を考えるようになった。上手く行ったら会社の花形部署に栄転できたり、良い条件で転職できるような実績を積む方法は無いか、考え続けた。

まずは、与えられた仕事をこなしているだけなのがいけないと、様々な設計アイデア、不具合対策を提案し、商品開発に貢献しようとした。だが、入社2年程度の若手の意見は年功序列の組織では簡単には採用されない。良いアイデアだったとしても理由無く上司に却下されたり、他の部署の了解が得られなかったり、埋もれたままになっていた。何とかして自分のアイデアを世に出したい、爪痕を残したいともがいていた私に訪れたチャンスが特許だった。

部署の製品には採用されなかったが、私のアイデアは会社内の他部署やライバル会社が実施する可能性のあるものだったので、知財部の目に留まり、特許として出願することができた。そうして、アイデアをぶつける相手を見つけた私は、特許をどんどん出すようになっていく。入社2年目の2006年は6件の特許を出すことができた。すると、翌年の2007年春、会社内の特許表彰にて、新人賞と事業部発明件数1位をW受賞する。

新しいアイデアを考え、特許を出願し、表彰されるというサイクルを見つけた私は、以降、特許活動に邁進していくことになる。特許ノルマは半年で1件であったが、全く気にすることなく、多い時は半年で9件の特許を出願し、実績を積み重ねていった。

そして、2012年に事業部発明件数1位を6連覇した実績が認められ、念願の本社の花形部署に異動できた。その後も特許を頑張り続け、2015年には事業部発明件数1位を9連覇まで延ばした。2016年1月に会社の歴代記録を更新するペースで特許登録が100件に到達した。

この会社では特許登録数が100件に達するとパテントマスターとして認定される。本来は定年まで掛けて達成するような称号であるが、私は10年で到達してしまった。一つの達成感を感じた私は、自分の力をより広い世界で試したいと決意し、2016年4月に会社を退職した。

現在は、パテントマスターを名乗りながらフリーランスエンジニアとして活動中である。

このように、私はいわゆる「ブラック」な職場に配属されながらも、特許を通じて自分のアイデア発想力を磨き続けてエンジニアとして成長し、フリーランスとして活動できるまでの実力と実績を掴んだ。

私は新しいアイデアを考え、特許を出すことで未来を掴んだのだ。